排泄学エキスパーツ取材
今、知っておきたいIAD(失禁関連皮膚炎)
その予防のためのスキンケアとは?
公益社団法人日本看護協会 看護研修学校
認定看護師教育課程長
溝上 祐子先生
皮膚の最大の役割はバリア機能にあり!
IAD(Incontinence Associated Dermatitis:失禁関連皮膚炎)のことを理解するために、まずは皮膚の役割や構造について知りましょう。皮膚の最大の役割は、外的刺激から体を守るバリア機能です。皮膚は大きく表皮・真皮・皮下組織(皮下脂肪)からなり、さらに表皮は4つの層で構成されています。表皮の一番下の基底層では日々新しい細胞が生まれ、分化した細胞がレンガのように積み重なって、表層へと押し上げられていきます。最も表層の角質層は、水分保持機能を持つセラミドなどの脂質で細胞と細胞の間が埋められており、さらに皮脂腺から出された皮脂や汗などで表面をコーティングされています。
つまり健康な皮膚では、水分の蒸散を抑えて、外的刺激から保護する皮脂膜(1次バリア)と、皮膚内の水分を保持して潤いを保つ角質層(2次バリア)の2つのバリアが機能しているのです(図1-①)。
加齢とともに皮膚は薄く、ドライになる
それに対して、高齢者の皮膚はどのような状態にあるのでしょうか?まず加齢とともに細胞分裂の能力が低下し、表皮が薄くなります。またターンオーバー(生まれた細胞が表層まで押し上げられ、垢となって剝がれ落ちるまでの周期)も遅くなるため、角質層が古く厚ぼったくなります。加えて細胞間脂質が減少した上、毛包や皮脂腺からの汗や皮脂の分泌が低下し、表皮の潤いが保たれなくなります。さらに真皮内のコラーゲンやエラスチンといった線維や皮下脂肪も減って弾力性がなくなり、物理的刺激に弱くなります。皮膚が薄く、ドライスキンで、バリア機能や物理的抵抗力が落ちている―これが高齢者の皮膚の特徴です(図1-②)。
そして、こうした高齢者特有の肌が、尿や便の水分によって浸軟することで引き起こされるのがIADなのです。
高齢者の脆弱な皮膚が浸軟することでIADに!
IADは、その名の通り、尿失禁や便失禁で、排泄物が皮膚に接触することにより起こる皮膚炎であり、おむつをすることが常態化した高齢者にとって深刻な問題となっています。高齢者の肌は、バリア機能が低下し、体内の水分が蒸散しやすい一方、尿や便の成分が細胞の隙間から浸み込みやすくなっています。そもそもおむつ内は蒸れやすい環境です。よって、皮膚の浸軟(ふやけ)が起こりやすく、さらに尿や便の過度の水分が加わると細胞が膨潤し、細胞の結びつきがよりルーズになってしまいます(図2)。結果、たとえば便に含まれた消化酵素などの刺激物が真皮層にまで浸透し、皮膚表面だけではなく、組織の内側からも傷害されてしまうのです(図3)。
また浸軟した皮膚は、摩擦やずれといった物理的な力がほんのわずか加わるだけでも大きなダメージを受けます。
すぐに発赤やびらんなどができてしまいます(写真1)。
IAD予防に大切な、自立排泄への取り組み
では、IADを予防する上で、何が大切になるのでしょうか?まずは自立排泄への取り組みです。浸軟のもととなる尿、軟便・水様便の排泄はおむつにではなく、やはりトイレで行うことが望ましく、排尿・排便コントロールに力を入れて、自立排泄を支援することがIAD予防の近道だといえるでしょう。とはいえ、ADLの低下や下痢を免れない疾患を抱えた方の場合、おむつはどうしても欠かせません。そこで徹底したいのが予防的スキンケア、そして正しいおむつの選定と使用です。
IAD予防のためのスキンケア。
「洗浄(清拭)」「保湿」さらに「保護」の徹底を!
<洗浄(清拭)>
1日1回は洗浄剤を用いて陰部・殿部の洗浄を行いましょう。その際、ごしごし擦ることは禁物です。浸軟してバリア機能が低下した肌を擦ると、それだけでIADリスクは高まります(写真2)。洗い流したあとは、丁寧な押さえ拭きを。特に鼠径部や臀裂部は蒸れやすく、水分が残ると、カンジダ症などの真菌感染が起こりやすくなります。しわの間も丁寧に伸ばして行いましょう。拭きとりには、ソフトで吸水性が高く、使い捨てタイプの製品が適しています。
洗いざらしたタオルは物理的刺激が強く、感染面でも不安が残るので避けましよう。また清拭はおむつ交換ごとに行います。柔らかく、摩擦抵抗の少ないおしり拭きなどを用い、擦らずやさしく拭きとってください。
<保湿>
保湿は洗浄とセットで行うのが鉄則です。お風呂上がりに保湿クリームを塗る方は多いと思いますが、お湯に浸かった肌は水分が蒸散しやすい一方、いわば浸軟した状態でもあり、浸透・吸収力が高まっています。洗浄直後は、保湿に最適なタイミングなのです。高齢者のスキンケアも同じこと。手早く、まんべんなく保湿ケアを行ってください。その意味で、保湿剤はのびがよく、さーっと肌表面に広がる水溶性のものがおすすめです。
<保護>
便が皮膚に付着したり、皮膚の水分蒸散を防ぐため、皮膚表面をバリアする保護剤の塗布も重要です。特に軟便・水様便などのIADリスクの高い方には欠かせません。洗浄・保湿・保護がオールインワンになったタイプの製品も便利だと思います。
IAD対策では、おむつの選び方、使い方も大切な鍵
<選び方>
吸収性・通気性がよく、摩擦・ずれを軽減する高機能な製品がよいでしよう。その方の1日の排尿量や体形に合った容量、サイズを選ぶことも大切です。
<使い方>
モレが心配だからといって、パッドを何枚も重ね付けするのはやめましょう。いくら通気性が高い製品でも、重ねることで通気性を損ない、浸軟を助長するからです。交換の際に、ひっぱって外すのも禁物です。ギャザーが鼠径部にフィットしているかどうかもよくチェックしましょう。
スキンケアは日中に!夜間は十分な睡眠を! 生活リズムを整えましょう
吸収量の多いおむつを選択し、夜間はぐっすり眠れるような環境づくりも大事です。そのためにも洗浄などのスキンケアはぜひ日中に行ってください。朝は太陽の光を浴びて目覚め、昼は活動したり、スキンケアを行って、夜は良眠を確保する――生活の中にタイミングよくケアをとりいれて、1日の生活リズムを整えることは認知症予防の観点でも大切です。
確かなケアで、スタッフの負担軽減と高齢者のQOL向上を実現する
ひとたびIADが発生すると、痛み・かゆみがひどく、大変つらい思いをされます。ケアをする側もIADを発生させた自責の念にかられる上、その後のケアにはいっそう慎重にならざるを得ず、さらに労力もかかります。結局、日々の予防的なケアと、高機能な製品を適正に使うことが最良の対策となるのです。
昨今の働き方改革の流れの中で、医療者の労働時間短縮が進んでおり、今後は医療的ニーズの高い高齢者の方も、どんどん病院から地域、在宅へとシフトしていくはずです。介護スタッフの皆さんには、ぜひ褥瘡やスキンテア、そしてIADへの理解を深め、トラブルを未然に防ぐケアを進めていってほしいと思います。
溝上 祐子
公益社団法人日本看護協会 看護研修学校 認定看護師教育課程長。1982年東京都荏原看護専門学校卒業、東京都立清瀬小児病院勤務。2001年日本看護協会看護研修学校WOC看護学科専任教員。2010年より現職。日本褥瘡学会理事、日本創傷・オストミー・失禁管理学会監事、日本下肢救済・足病学会理事。
こちらの記事は、ユニ・チャームが病院・施設向けに配布している『ライフリーいきいき通信 2019年初夏号』に掲載している内容です。