排便ケアの実践
生活習慣の改善による排便ケア
排便ケアプログラム実践事例
ユニ・チャーム排泄ケア研究所
排便ケアプログラムの効果
生活モデルでの「排便ケアプログラム」の実践により、以下の効果が検証できました。
- 「排便の変化」(排便周期の安定、排便時間の安定、1回の排便量の増加、水様便・泥状便の減少)
- 「便失禁の減少」(おむつ便失禁の減少、便失禁によるおむつからの外もれの減少)
- 「不安・不快の減少」(膨満感・腹痛の減少、不潔な行為の減少、付着便の減少によるおしりまわりの清潔保持、下剤がなくても排便できることの自覚)
- 「トイレ誘導の増加」(排便姿勢の安定、トイレ誘導回数の増加、トイレでの排便の増加)
- 「下剤投与の減少」(投与頻度の減少、1回投与量の減少、緩下剤への変更)
そして、これらの効果によって、利用者の生活にさまざまな影響が現れてきました。
例えば、「便意伝達のナースコールが増えた」、「排便のサインを発信するようになった」、「主体的な言葉を発することが増えた」、「主体的に活動に参加することが増えた」、「笑顔が増えた」等の変化です。これらの生活上での変化は、下剤による薬物療法では期待できにくい変化で、利用者の生活に寄り添い、利用者と目標を共有したプログラムだったからこそ得られた、利用者の生活意欲の向上、QOLの向上といえると思います。
今回実施したプログラムは決して斬新なものではありません。むしろ今まで多くの現場で実践され、その効果が検証されてきた伝統的なプログラムといえます。今回のテストは、こうしたプログラムを組み合わせ、利用者の生活に組み込み、地道に利用者と向き合い、忠実に継続しただけです。即効性のない、長く継続して初めて効果が現れる、あるいは、じっくり利用者と関わりあうことによって効果が現れる生活モデルでの保存療法は、余裕のなくなってきた介護現場では、なかなか取組みにくいことだと思います。
しかし、本来の介護を考えたとき、障害や疾病をかかえながら生活する高齢者を支援する援助技術は、利用者と関わり合うこと、目標を共有することで形成されるラポールのもとで実践されるものだと確信しました。そして、要介護度が高くなってきた高齢者の生活を支援するためには、医療と介護の統合が必要であり、医師、看護師、理学療法士、作業療法士、栄養士、介護職のそれぞれの専門性を連携させるプラクティスの重要性が再確認できました。
事例 1.トイレでの排泄にこだわる利用者
利用者 | Fさん 女性 84歳 |
---|---|
要介護度 | 4 |
障害老人の日常生活自立度 | B2 |
認知症老人の日常生活自立度 | Ⅲa |
現病歴 | 脳梗塞後遺症 |
つかまり立ちがやっとで、普段は、車椅子の自走で移動していたFさん。聴覚障害があり、言語によるコミュニケーションは充分に成り立たない状況でした。しかし、Fさんは夜中にベッドから這い出してトイレに行こうとしていました。便秘がちなFさんには下剤が投与されることが多く、水様便によるおむつ(外)漏れも起きていました。
ある晩転倒して、骨折してしまいました。その後、ベッド上で安静を強いられることが多くなりましたが、それでもFさんは自らトイレに向かうことにこだわり続けました。Fさんのこうした行動による事故の再発を心配したスタッフはFさんのベッドに「足がわるいので、トイレに行けません。トイレに行きたいときはナースコールを押して、呼んでください」と貼り紙をしました。しかし、Fさんはこの貼り紙が気に入らなかったようで、腕を伸ばしてこの貼り紙を破ろうとしたため、張り紙の5分の1程度が破れてしまいました。
翌日Fさんのベッドを訪れると、張り紙はもう5分の1程破かれていました。結局Fさんは2~3日かけて、この貼り紙を半分以上破ってしまいました。自分の力でトイレに行き、トイレで排泄することができなくなった自分自身に向けた悔しさの表出だったのかもしれません。 Fさんには、腹部・腰部温罨法・マッサージ療法とこまめなトイレ誘導と排便姿勢の確保のケアを実施しました。毎日決まった時間に、使い捨てのカイロを貼る温罨法と最低10分間のマッサージを施行しました。
実施前後でFさんの腹満や蠕動運動による腸雑音に変化がみられました。ケア実施後に腹満は軽減し、蠕動運動は亢進していました。こうした変化にともない、便がもれる前に、スタッフがFさんの出す排便のサインを察知しトイレ誘導する機会も増えました。
適切なタイミングでトイレ誘導を実施し、安定した排便姿勢を確保する介助の実行により、トイレでの排便が増え、おむつ(外)漏れが減ってきました。トイレでの排便が促進されたことで、便の性状も安定し、水様便が有形便への変化もみられるようになりました。トイレでの排便によって、「便秘軽減」「有形便の排泄」「おむつ(外)漏れ減少」の効果が現れ、トイレでの排泄に強いこだわりをもつFさんのQOLを明らかに向上したといえます。
実施プログラム
1. 腹部温罨法とマッサージ
温罨法は昼食・夕食の食前40分に使い捨てカイロを腹部または腰部に貼付。
マッサージは昼食後、夕食後30分に臥位もしくは座位にて最低10分間実施。
→ 腰部・腹部温罨法/腹部マッサージ療法
2. 排便のサインを見逃さないトイレ誘導。排便パターンに合わせたトイレ誘導。
3. トイレでの排便姿勢の確保
4. 1日1000~1500ccの水分摂取
排便出現率の推移
排便日数 | 総日数 | 出現率(%) | |
---|---|---|---|
研究前16日間:(1/1~1/16) | 8 | 16 | 50 |
研究前期14日間:(1/17~1/30) | 4 | 14 | 29 |
研究後期15日間:(1/31~2/14) | 4 | 15 | 27 |
介護スタッフアンケートの結果
事例 2.トイレでの排便姿勢の確保
利用者 | Kさん 女性 85歳 |
---|---|
要介護度 | 5 |
障害老人の日常生活自立度 | B2 |
認知症老人の日常生活自立度 | Ⅳ |
現病歴 | アルツハイマー型認知症 |
既往歴 | 右大腿部頚部骨折 |
尿意・便意の表出がなく、定時のトイレ誘導を実践していましたが、排便のタイミングが合わず、トイレでの排便はほとんどみられず、軟便で、おむつ汚染が多く、ときには、シーツや衣類を汚染することもありました。また、足の拘縮がひどく、座位の安定がとれないため、便座での排泄姿勢が確保できていませんでした。つかまり立ちができないので、トイレでのおむつ交換に負担が大きく、二人介助で、一人が抱きかかえ、もうひとりがおむつをあてる方法で対処していました。Kさんに実践した排便ケアプログラムは、温罨法・マッサージ(午前中と午後の2回:各10~20分)、乳酸菌の摂取(毎食後3回ヨーグルトの摂取)、腹臥位療法(午前と午後の2回:各10~30分、たたみの部屋に布団とクッションを用意して実施)、排便パターンに合わせたトイレ誘導(排便日誌の分析とトイレ誘導タイミングの調整)と排便姿勢の確保でした。
定時トイレ誘導を行っていましたが、排便のタイミングが合いませんでした。排便記録をチェックし、午後の時間帯に排便が集中していることがわかりました。午後の時間帯であれば、スタッフにも業務上の余裕があるので、午後の時間帯に集中して温罨法とマッサージ、腹臥位療法を重点的に実践しました。トイレ誘導もただ便座に座ってもらうだけでなく、トイレのなかに入り、腰を便座中央まで深く座らせるように介助し、足を広げ、前傾姿勢がとれるように介助しました。最初は拘縮した足が開かず、足を床に着けることはできませんでした。腹臥位療法の効果で、だんだんに足の拘縮が緩和し、足も少し降りるようになってきました。
スタッフのひとりが食事の時に使う足台を2つトイレに持ち込みました。足台を置くことで、両足が足台の上に乗り、ふんばる力がかけられるようになりました。また、座位が安定しないので、前かがみになることを怖がって、どうしても身体がのけぞってしまっていましたが、スタッフのひとりが大きなクッションを持ち込み、これを抱いてもらうことにしました。こうしてKさんは、安定した座位で排便の姿勢がとれるようになりました。
最初から排便があったわけではありませんが、適切な排便姿勢でゆっくり時間をとってあげていると、ある日排便がありました。Kさんはつま先に力を入れてしっかりいきんでいました。トイレで排便があった瞬間、Kさんはスタッフの顔を覗き込み微笑みました。スタッフ同士「Kさんがトイレで排便したよ」と伝え合い、スタッフみんなで喜びました。Kさんの午後の排便は習慣化していきました。
介護副主任は「わたしたちが今までしていたトイレ誘導は、業務の流れでしかなかった。ただ、トイレに連れて行っておむつを交換していただけです。トイレ誘導の本来の目的を見失っていました。」とおっしゃってくださいました。「正しい排便姿勢を提供する」ことの重要性があらためて見直されました。排便ケアプログラムの終了時に実施したスタッフアンケートでもKさんの評価で、高いポイントが集中したのは、「笑顔が増えた」「(自ら発する)言葉が増えた」の項目でした。トイレで排便する習慣を取り戻したことで、KさんのOQLと生活意欲は向上したといえます。
実施プログラム
1. 腹部温罨法とマッサージ
午前中と午後それぞれ10~20分実施
→ 腰部・腹部温罨法/腹部マッサージ療法
2. 乳酸菌の摂取
毎食後3回摂取
→ ヨーグルトなど乳酸菌食品の摂取
3. 腹臥位療法
トイレでの排便姿勢確保のため、午前中と午後の2回、10~30分、畳の部屋に布団とクッションを用意して実施。
4. 排便パターンに合わせたトイレ誘導
排便出現率の推移
排便日数 | 総日数 | 出現率(%) | |
---|---|---|---|
研究前16日間:(1/1~1/16) | 9 | 16 | 56 |
研究前期14日間:(1/17~1/30) | 10 | 14 | 71 |
研究後期15日間:(1/31~2/14) | 11 | 15 | 73 |
介護スタッフアンケートの結果
事例 3.車いすでの排便体操の実践
利用者 | Iさん 男性 80歳 |
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要介護度 | 4 |
障害老人の日常生活自立度 | B2 |
認知症老人の日常生活自立度 | Ⅲa |
現病歴 | 脳梗塞後遺症(右上下肢マヒ) |
既往歴 | 高血圧症、脳梗塞、頚椎後縦靭帯硬化 |
Iさんはとても神経質な方で、特に排便に強いこだわりをおもちでした。毎日規則的に排便がないと一日中いらいらされていました。排便のなかった日には、夕食後スタッフにラキソベロンの投与を希望します。「今日は便秘がひどいので20滴ください」というように量もご自分で決めて要求します。担当の医師も、「Iさんは排便マニアです。便秘の症状についても、下剤に関してもよく勉強しているので、20滴を上限に、希望どおりに投与してください」という指示を出していました。
排便を自分でコントロールしているつもりのIさんにとって失敗は許されません。Iさんは車椅子の使用によってトイレでの排泄は自立していましたが、マヒがあるため、動作には時間がかかります。時々下剤が効きすぎて、トイレに間に合わず、リハビリパンツから下痢便がもれてしまいます。Iさんにとって、便失禁のダメージは大きく、それが原因で2~3日ふさぎこんでしまうこともありました。
Iさんのプログラムは、腰部・腹部温罨法・マッサージ、乳酸菌の摂取と排便体操です。排便体操は、寿里苑の理学療法士である小澤主任が考案しました。小澤主任は「便秘には運動がいいと一般的に言われていますが、特別養護老人ホームの入所者のADL(日常生活動作)では、散歩や腹筋運動のできる人はほとんどいません。それぞれの対象者ごとに、無理のない、蠕動運動を促進し、腹筋を鍛える体操プログラムを個別に立案しましょう。」とケアカンファレンスで提案してくださいました。こうして、Iさんのための「排便体操プログラム(車いす)」(1回10~20分)がつくられました。
Iさんは、この体操を「お通じがよくなる体操」と呼び、積極的に参加しました。「今日は体操が効いたので、ラキソベロン®はいらない」「今日はヨーグルトがよかったのかな」とラキソベロンの投与を断る日がだんだんに増えてきました。心理的な効果もあったのでしょうが、最終的に酸化マグネシウムなどは毎日服用されていましたが、Iさんのラキソベロン®の服用はほとんどなくなりました。下剤は緩下剤の服用のみに改善されました。排便ケアプログラム終了後のスタッフアンケートでも、「不快感、不安感の減少」「下剤頻度の減少」が高いポイントで評価されました。便秘が減少し、下剤の服用が減り、便失禁も無くなったことで、「排便マニア」と呼ばれたIさんの生活は安定しました。
実施プログラム
1. 腹部温罨法、マッサージ
午前と午後の2回実施。
→ 腰部・腹部温罨法/腹部マッサージ療法
2. 乳酸菌の摂取
朝食後と昼食後に摂取
→ ヨーグルトなど乳酸菌食品の摂取
3. 排便体操の実行
1日に1回20分ほど排便体操を実行
理学療法士の指導でプログラムを設定
→ 車いすでの排便体操
排便出現率の推移
排便日数 | 総日数 | 出現率(%) | |
---|---|---|---|
研究前16日間:(1/1~1/16) | 13 | 16 | 81 |
研究前期14日間:(1/17~1/30) | 11 | 14 | 79 |
研究後期15日間:(1/31~2/14) | 14 | 15 | 93 |
介護スタッフアンケートの結果
Iさんの排便体操プログラム(車いす)
(1)身体をねじる
車いすに座ったまま、身体を起こし、ねじる。
(2)後方進行する
車いすに乗ったまま、健足で床(壁)を蹴って車いすを後ろ向きに飛ばす。(スタッフがIさんの後に立ち車いすを受け止めます。)
(3)2人で押し合う
介護者と2人で両手を合わせ、押したり、引いたりする。
(4)足の上げおろしをする
両足をそろえて上げ、しばらくキープして下ろす。
(5)複式呼吸をする
介護者がIさんのおなかに手を当て、Iさんは息を吸い込みおなかを膨らませて息を吐きながらおなかを引っ込める。
寄稿:船津 良夫(1998年~2017年 ユニ・チャーム排泄ケア研究所 主席研究員)