排泄ケアを考える

自律と自立

ユニ・チャーム排泄ケア研究所

私は、ある研修会で、身体障害者授産施設で生活支援員をしている方とご一緒したことがあります。今回はこの生活支援員の方から聞いたお話を紹介します。

授産施設ですから、利用者は毎日決まった時間、労務作業に従事します。昼食が済んだ後の昼休みに、利用者の一人である青年は、車イスを操作して外出します。近くの図書館に本を借りたり、返しに行くためです。そして、図書館でちょっと立ち読みするのが楽しみです。でも昼休みは2時間しかありません。そそくさと昼食を済ませ出かけるのですが、車イスでの往復に40分ちかくかかります。ですから、図書館には30分ぐらいしかいられません。雨の日以外は、毎日毎日元気よく出かけていく青年の姿を見たスタッフの一人が、「手の空いているスタッフが、車で送り迎えしてあげようよ」と言い出しました。車なら10分もあれば往復できます。スタッフはシフト表を作って担当者を決め、青年の昼休み図書館送迎が始まりました。ところがしばらくすると、青年が「もう、図書館には行かない」と言い出しました。昼の時間がくるのをあんなに活き活きと楽しみにしていた青年が、ボーっと昼休みを過ごすようになりました。

季節が移り暖かくなったある日、青年はまた車イスで出かけようとしました。その時、生活支援員は、そっと歩いて青年の後を追いかけました。すると青年は車イスを操作しながら、田んぼで立ち止まり、小川で立ち止まり、トタン屋根の上で寝る猫に声をかけ、車イスのポケットから煮干を出して猫に与えます。幼稚園の前を通ったら、金網ごしに園庭で遊ぶ子どもたちに手を振ります。角の金物屋のところに差し掛かると、店のおばさんが青年に声をかけます。「精が出るね。図書館で勉強かい。偉いね」。青年は「うん」と頷いてにこにこします。生活支援員はこの情景を見て、ハッとしました。青年にとって、大事だったのは、図書館に行くことだけではなかったのです。この往復のなにげない出来事が青年の生活であり、生活実感であり、自律なのです。季節の移り変わりを肌で感じ、自然に触れ、地域の人々と接する。健常者にとって当たり前のなんでもない日々は、障害者にとっても大切です。ノーマライゼーションの育ての父といわれるベンクド・ニーリエはノーマラーゼーションの原理を「なんでもないノーマルな1日、ノーマルな1週間、そしてノーマルな1年間のリズム」と説明します。健常者にとって当たり前のノーマルな1日は、障害者にとっても貴重な「なんでもないノーマルな1日」なのです。

私たち、福祉に携わる人間は、動作の自立に偏重した支援を考えがちです。失われた機能を補おうとしがちです。しかし、そうした支援が、ときとしてその人の生活の自律を侵害していることもあるのです。

あるグループホームに9人の認知症高齢者が暮らしていました。9人のうち8人はリハビリパンツを履き、パンツ用のパッドを着けています。8人は元気に買い物に、散歩に出かけます。そしてホームに帰ってくる頃には、ほとんどの人のパッドは汚れています。スーパーでも公園でもお漏らししているのです。排泄は自立できていません。このグループホームに、1人だけ布パンツで暮らしているAさんという女性がいました。スタッフはみんな「トイレでの排泄が自立しているのはAさんだけですよ。おむつを使わないで偉いわ!」と言って、Aさんのトイレでの排泄を動機付け、支援します。ところが、Aさんは、買い物にも散歩にも出かけません。日がな一日、トイレのそばのソファに座って動こうとしません。トイレに間に合わないと大変だから。みんなが褒めてくれている限り、失敗するわけにはいきません。動作の自立と生活の自律は時として一致しません。リハビリパンツで出かける人達と布パンツでトイレのそばから離れられない人。ほんとうは、どちらが自立しているのか、どちらが自律しているのか、わかりません。

リハビリパンツは、「もう一度トイレで排泄したい」「もう一度トイレで排泄できるように応援したい」と思う利用者と介護者のために開発した製品です。自立排泄に向けて、その過程で発生する失敗を補い、挫折しないように勇気を与え、「念のため」の安心と安全の欲求に答える製品です。スーパーのレジの前で失禁してしまい、床を汚してしまった高齢者は二度と買い物に行けなくなってしまいます。でも、もしリハビリパンツやパッドを使っていれば、もれた尿はリハビリパンツやパッドが吸収します。誰にも気付かれず、衣類や床を汚すこともありません。この高齢者は明日も、買い物に出かけられます。たとえ、トイレでの自立排泄を再獲得できなくとも、排泄に障害のある人が排泄に障害のない人と一緒に生活できる社会をつくることはできると思います。失禁があっても、社会を不衛生に汚さなければ、臭いで人に迷惑をかけなければ、それは社会的な問題を解決しているといえるのです。社会的な問題が解決できれば、排泄に障害のある人でも、そのことに起因する活動の制限や社会参加の制約を克服できるはずです。これをクリストン・ノートンは「ソーシャル・コンチネンス(排泄の社会的自立)」と呼びました。

私たちは、製品を通して、ソーシャル・コンチネンス(社会的自立排泄)というノーマライゼーションの実現を標榜しています。私たちが開発し販売しているおむつは、それを使う人、それぞれの人たちの「なんでもないノーマルな1日」の役にたっているのか。おむつメーカーのメンバーとして、常に自問し続けなければならない課題です。

寄稿:船津 良夫(1998年~2017年 ユニ・チャーム排泄ケア研究所 主席研究員)