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高齢者虐待と養護者の支援

ユニ・チャーム排泄ケア研究所

2006年4月から「高齢者虐待防止法」が施行されました。この法律の正式名称は、「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」と、長い名前が付けられています。高齢者虐待の背景には、養護者に対する周りの人たちや社会の支援不足が存在することを意識した法律です。虐待の主な種類として、「身体的虐待」「心理的虐待」「性的虐待」「経済的虐待」「介護・世話の放棄・放任」の5つがあげられています。また、虐待の発生に影響を与える要因のなかに、「虐待者の介護疲れ」や「高齢者本人と虐待者の人間関係」「高齢者本人の性格や人格」「高齢者本人の認知症による言動の混乱」が指摘されており、介護に追いつめられて虐待にいたる養護者も被害者といえるケースがあると述べられています。

私は10数年前、同僚と一緒に、福岡で夜間の訪問介護に同行したことがあります。訪問する家の玄関の鍵を預かったホームヘルパーは、暗がりの廊下を通って高齢者の居室に向かい、ベッドで眠っている男性に声をかけます。男性はニッコリ笑って答え、ヘルパーはおむつを交換します。その男性のベッドの下に布団を敷いて寝ている妻がいます。おむつ交換が終わると妻は枕元の引き出しから印鑑を出して、ヘルパーに黙って差し出します。ヘルパーは記録ノートに印鑑を押して帰ります。実はこの男性、妻のおむつ交換を拒否するそうです。「俺に触るな。お前に俺の世話をする資格はない」と、妻に対して暴言を吐き、時には暴力を振るうこともあるそうです。妻は毎晩寝たふりをしながら、ヘルパーの訪問を待っています。この夫婦の人生にどんな愛憎の歴史があったのかを図り知ることはできません。でも、あの時私はこの男性に無性に腹がたちました。

もう1つこれは私の知り合いの話です。夫はドライマウスで味覚を失い、嚥下障害もあるので、栄養ゼリーと刻んだパンを常食にしていました。ある日妻と食卓についていた時、妻が「たまにはおいしいものを食べにいきたいわ」と言い出しました。すると夫は「お前にはいたわりの気持ちがないのか。味覚を失った夫を気遣うこともできないのか」と、食卓にある食べ物や食器をひっくり返しました。それ以来妻は、いつ怒り出すかわからない夫との食卓を避けて、キッチンのすみで、隠れるように食事をするようになりました。

介護を受けている側が虐待の加害者であることもあります。介護に手をとられる家族は心理的に追い詰められ、虚脱感、絶望感からやがて被害者が虐待の加害者に転じていくのかもしれません。

地域包括支援センターの要請で、在宅で家族を介護している地域の人たちのための家族介護教室で、「自立排泄へのアプローチとその支援」に関する話をしたことがあります。この会に参加した主婦のひとりは私の話が終わると、「(介護は)あなたがいうようなきれいごとではありません。本人の立場に立ってといわれますが、本人の立場になっていたら介護なんて続けられません。」「あの人が浮気をしたり、暴力を振るうような人なら、離婚を考えることもできました。でも、家族のために一生懸命働いていて事故に合い、後遺症で下半身不随になりました。あの人を見捨てることはできませんでした。それ以来20年、私はあの人の介護を続けてきました。結婚して、二人で夢を見たのは5年間しかありませんでした。私の結婚って、なんだったのかと考えることだってあります。」「時には怒鳴りたくなることも、手をあげそうになることもあります。介護は相手との戦いではありません。毎日が、自分自身との戦いです。」と、目に涙をためておっしゃいました。介護される人も、介護する人も、ぎりぎりの崖っぷちで、疾病や障害と闘っているのが現実です。

障害者福祉論のテキストにこんな記載がありました。1970年、横浜市で脳性マヒ児を母親が殺害する事件がありました。この母親に対する減刑嘆願運動が、多くの市民によって、起こりました。これを支持する世論に配慮した検察庁は、母親を起訴猶予処分にする動きをとりました。こうした動きに対して、重い障害のある脳性マヒの人たちがつくった障害者団体「青い芝の会」が激しい抗議を行いました。重い障害児の生きる権利の否定は生き延びてきた脳性マヒ者の生きる権利と社会に存在すること自体の否定にもつながると訴え、それを「しかたがない」と容認する社会のあり方そのものへの激しい告発となりました。「青い芝の会」は座り込みなどの激しい抗議行動を全国各地で展開し、運動のリーダーは次々に倒れ救急車で運ばれていく事態にいたりました。介護なしでは移動することもできない全身性の障害のある人々が街に出て、言語障害のために聞き取りが困難な声を振り絞っての抗議行動は、社会的にも大きな反響を呼び起こしました。「青い芝の会」の運動は、ノーマライゼーションや自立と社会参加、障害者の権利擁護や、障害者がリスクをおかす責任、施策やサービスのあり方など、それまでの障害者問題の根本的な考え方を覆した点で、わが国の障害者運動の歴史のなかで極めて重要な役割を果しました。

障害者や高齢者への支援と虐待、そして加害者と被害者の関係は表裏一体といえます。ちょっとしたきっかけで、あるいは、気付かないところで、支援者は虐待者に変身してしまうことがあります。

介護施設では、ベルトや紐による抑制だけでなく、両脇のベッド柵・つなぎ服・ミトン手袋・車椅子のY字ベルトの使用や、抗精神病剤の過剰投与、鍵付きの居室への隔離等も「身体拘束」にあたるとして、身体的・心理的虐待と捉えられます。介護される人たちの権利を擁護することと、介護する人たちを支援すること、この2つの課題を追求することは福祉に携わる私たちの理念ですが、時として、この2つの課題は、社会制度や環境の制約、人間関係の葛藤によってバランスを失うことがあります。

寄稿:船津 良夫(1998年~2017年 ユニ・チャーム排泄ケア研究所 主席研究員)