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排泄学エキスパーツ取材

ひとりひとりに合わせた排泄ケア

日本コンチネンス協会

会長 西村かおる先生

高齢者の排泄ケアにとって大事なことは何か、排泄ケア専門ナースとして活躍を続け、NPO法人日本コンチネンス協会の会長をお務めの西村かおる先生にうかがいました。

高齢だからとあきらめない

高齢者の方に尿もれなどの排泄障害があると「それは年のせい」と枕詞のようについてきます。排泄障害は年齢によることで仕方がないと思われがちということです。

排泄障害の要因はさまざまです。運動制限、骨盤底筋群の脆弱、神経因性の膀胱、尿路感染、夜間多尿・多飲、薬物性、便秘、また、認知機能の障害や精神状態などさまざまな原因が考えられます。

確かに年齢を重ねるとこれらの要素が増えることは確かです。しかし、これらの要因があれば若くても問題は起こりますし、逆にどんなに高齢でも要因を改善していけば排泄の問題は解決することができます。

ですから介護に携わる人々が、あきらめず、原因を確認することが排泄ケアには大切なのです。

コンチネンス先進国・英国での経験

とはいえ、私自身も英国で排泄を専門に学ぶまでは、排泄障害が年齢のせいだと半分以上は考えてしまっていました。

ナースになって数年日本で訪問看護をしていた頃、気管支拡張症のために入院していた80歳代の女性を、退院後に訪問したときのことです。何か悩みがありそうなその女性に心配事を尋ねると、本人が全く気づかぬうちに家の廊下に便を落としてしまっていたことを告げられました。息子一家と同居しており、家族に迷惑をかけたくない一心で相談されたのですが、当時は寝たきり用のテープタイプ紙おむつがやっと普及し始めた頃で、試供品を試していただき、慰めることくらいしかできませんでした。

しかし、その翌年、留学した英国でコンチネンス・アドバイザーをしている仲間にそのケースを相談してみたら、「その女性の便失禁の原因は、肛門括約筋が緩いためと考えられる。軽度の緩みならば骨盤底筋体操で改善できるかもしれない。肛門括約筋の損傷が原因なら手術で補修できるかもしれない。便性が軟らかかったり直腸性の便秘があると漏れやすくなるため、便性を硬めにして便秘を改善し、決まった時間に排便を整えることも効果があるかもしれない」と言われて衝撃を受けました。漏れてしまう便への対処方法ばかり考えて、年齢以外に便が漏れる原因を考えていなかった自分に気づき、目から鱗が落ちる思いでした。

こうした知識があれば、単なる慰めでなく、具体的な解決策を提示して不安な生活から抜け出させてあげることができたのに、と感じるとともに、私が排泄を専門とするきっかけになりました。

驚かされる高齢者の回復力

そんな私ですら、驚くような高齢者の排泄障害の改善例に出合うことがあります。

例えば老人病院に入院されていて、何十年もおむつの生活をしていた100歳の女性に、私たちが作成したケアマニュアルに従って薬物治療と簡単な声かけをしてもらったところ、なんとわずか1カ月以内でおむつがとれてパンツになったのです。

また、パーキンソン病のため寝たきりになり、何年も膀胱に留置カテーテルが入っていた80歳代の女性の場合、自宅で介護していたお嬢さんが「できるだけ自然な形にしてあげたい」と管を外すことを希望されました。膀胱留置カテーテルを外すことによるおむつの使用で、費用と介護労働が増えることも覚悟のうえでした。そこで、できるだけ負担を軽減していただくために、患者さんに骨盤底筋を締めて鍛えることを提案してみたのです。カテーテルを抜いた直後は尿道口がパックリ開いて、寝返りでも尿が漏れるほどの状態でした。しかし、その方はできうる限り骨盤底筋を動かす努力をされ、3カ月後には尿意を訴えポータブルトイレに移してもらえるほど回復しました。日中はほとんど失敗がなくなり、念のための小さなパッドのみで日中はおむつがはずれたのです。

適切なおむつが生活を一変させることもある

人はできることなら、最期までパンツを履いてトイレで排泄することが理想です。そのためにも、排泄障害の原因を探り、治せるものは治し、治らなくても改善したり、問題を少しでも解決することが必要です。現在の医療や介護の現場では、無用なおむつや留置カテーテルなどが多用され過ぎていると感じます。

けれど、適切なおむつが寝たきりの高齢者の生活を一変させることもあります。

70代後半で脳梗塞を患ってから、デイケアやヘルパーを利用しながら、寝たきりに近いひとり暮らしをしている女性がいました。おむつを数枚重ねても漏れてしまうほどの尿失禁の重度化で、手当てをするヘルパーの時間が増え、介護保険の領域を超えそうとのことでした。検査の結果、切迫性尿失禁と診断され薬が処方されましたが、本人がリハビリを拒否しているためトイレには行けません。ヘルパーの日誌によると明らかに夜間多尿。そこで、夜間多尿用のおむつの試供品を渡しました。おむつの単価的には従来のものより高くつきますが、ヘルパーのコストが減ればかえって安くつくと説明しました。するとそのおむつがその方の生活を激変させたのです。吸収力の高いそのおむつのおかげで、数年ぶりにぐっすり眠ることができ、ずっと拒否していたリハビリを自ら始めたのです。リハビリ拒否は性格的なものとケアマネージャーが思っていたのが、尿失禁により睡眠不足で体が辛かったからと理解できたそうです。

高齢者の誇りと心を考えるケア

高齢者に限らないことですが、排泄ケアにあたってはケアする対象の方々の尊厳や心を考えることも大切です。

ある老人ホームで、排尿機能には問題がなさそうなのにおむつがはずせない女性がいました。熱心なスタッフがポータブルトイレに移した後、側に立って見守っていると尿を出せなかったのが、トイレに移動させて、スタッフが外に出て、一人にすると、その女性は安心して排尿することができたのです。

また、さまざまな治療を施しても定期的な下痢を繰り返していた認知症患者の女性は、夜中に大声で騒ぐ別の認知症患者の方と同室でした。この方と別々の部屋で過ごすようになったら、下痢が治ったという例もあります。

排便後の直腸痛に悩んでいた女性が、さまざまな医療機関で診察を受けても「どこにも異常がない」「(原因がわからないので)もう来ないでほしい」と言われ私のところにいらしたことがあります。排便日記をつけてもらい、いつ痛むのかを尋ねたところ、急逝されたご主人の命日が近づくと痛みが来ることがわかりました。精神的なことが原因とわかったことでその方の痛みもなくなったのです。

「膀胱は心の鏡」、「腸は第2の脳」と言われるように、排泄障害には精神的な要因も大きく影響することも知っておいてください。

つながりのなかで原因を考えてほしい

身体的なものでも精神的なものでも、排泄障害には必ず原因があります。日々の介護のなかでは、今起きていることに対しての瞬間のケアになりがちですが、その問題が起きている「なぜ」の部分を考えてほしいのです。何が今の症状につながっているのか、医療・介護などそれぞれの立場の専門職が観察し、考える必要があると思います。そして何がベストなのかをともに考え、あきらめずにベストを尽くせば問題は多少なりとも解決できるはずです。

原因が精神的なことの場合、医療や介護は人生相談の場ではないため、対処できない場合もあるでしょう。しかし、誰かに聞いてほしかったことを吐き出すだけで解決する場合もあったり、専門家の診断が必要なこともあるため、話を聴く姿勢と、適切な対処ができる専門家を紹介するシステムがあったらと思います。

そして忘れないでほしいのは、ひとりひとりが違うということです。その人なりの原因や事情があることを「この人の場合はどうなんだろう?」と考えてみてください。それを想像することが難しければ、「もしも自分がその人の立場だったら?」と自分のことに置き換えてみるとどうでしょう? 介護は誰にとっても「明日は我が身」です。主体性を持って高齢者と接することで、よりよいケアが生まれるのだと思います。

西村先生の近著『パンツは一生の友だち』(現代書館)には、上記で語られた事例以外にも、排泄ケア専門ナースとして20年以上ご活躍されている先生が看てこられたさまざまな事例が、排尿・排便の基本的なメカニズムとともに掲載されています。是非ご参考にしてください。

西村かおる

日本三育学院カレッジ看護学科卒業、東京都公衆衛生看護専門学校卒業後、東京衛生病院に訪問看護婦として勤務。その後、英国にて地域看護コンチネンスアドバイザーについて失禁看護を学ぶ。帰国後、コンチネンスセンター(排泄ケア情報センター)開設。現在、日本コンチネンス協会の会長を務めるほか、コンチネンスジャパン(株)専務取締役。全国各地の病院で非常勤でコンチネンスのアドバイスを実施。

主な著書に『パンツは一生の友だち』(現代書館)、『『排泄ケアワークブック』『アセスメントに基づく排便ケア』(中央法規出版)、『ナースのための尿失禁ケアハンドブック』(医療ジャーナル社)、『らくらく排泄ケア』(MCメディカル社)、『「排泄学」ことはじめ』(医学書院)、『患者さんと介護家族のための心地よい排泄ケア』(岩波書店)など多数。